G-FLEX Story その8・・・養老保険

「おんちゃん おんちゃん、わたしちょっと郵便局行ってくるから。これ崩してくる」

それから3日目の朝、そう言って母親は僕にある紙を見せました。母は未だに僕の事をおんちゃんと呼びます。

「何これ?」
「あんたの養老保険」
「ああ、いつか言ってたやつ?」 なんか去年郵便局の貯金で保険が付いてくるみたいな話をしていたのを思い出しました。
「崩すって、解約?」 「そう」 金額を見ると108万円です。
これは僕名義のお金として僕が保険に入っているものでした。本来20年後に満期が来て幾らかお金が貰えるやつです。
「マジで?それって俺のため?いいの?」
「だってあんたがあんまり落ち込んでるから。・・・でもこれだけよ」
いや、なんとこんな隠し玉があったとは!「ありがとうございます、お母上」って感じでした。
ここから僕の破竹の勢いでの前進が始まるのでした。

*

 銀行関連の書類以外はすでにそろっていました。以前に資産を親が買ってくれたらそれで資本金が出来ると思っていたからです。しかし、最終的には銀行に資本金を預けて、その証明書を出してもらわなければなりません。それだけで52500円もかかりました。
現金265万円を3つの通帳からかき集め、出所が分かりにくいように、あちこち振り替えたりしました。それを見ながら銀行の融資担当の人は、

「あの、これは全部社長の口座ですか?

と尋ねました。

「・・・しゃ、社長?」

一瞬僕は辺りを見回そうとして、それが僕であることに気がつきました。
「あ・・・そ、そうだよ、君ぃ!」
ってな感じで思わず声が上ずってしまいました。


生まれて初めてキャバレーの呼び込みのおっさん以外の人に社長と呼ばれた瞬間でした。うれしいよりも恥かしいと言うか、こそばゆい感じでした。

俄然やる気を取り戻した僕は、与えられた条件でどこまで何が出来るか考えました。
そう、やはり自分の店を持つ事に拘りがありました。その為にはお金を借りなければならない。公的な融資を受けることです。しかし個人で一度断られているので、法人にするしかありません。しかも1円起業ではなく、ちゃんと300万円の資本を持った有限会社(現在では設立できなくなった)。

いろいろ計算してみました。養老保険は、保険として使われた分があり、残りは95万円でした。そして僕の手元にあった現金は40万くらいでしたか。交渉の末、無利子無期限で親から120万円借りました。計255万円。あと45万です。それと会社設立には全部書類を自分で作っても20万ほどかかります。と言うことであと65万。

そこで現物出資と言う方法を使いました。現物出資とは、その名のとおり物で出資するのです。僕の持ち物の車やパソコン、オーディオ機器などです。使えそうなものを全部現物出資として会社に納めることにしました。その合計、なんとたったの35万円。勝手に値段は付けられるのですが、相場にあっていない場合はそれを指摘されるので、大体の相場の値段です。あとの残りはまあ、いろいろとかき集めました。

*

かくして、僕はやっと会社の設立に漕ぎつけたわけです。かなり無理やりと言えるでしょう。ここまで強引にやって来れたのも、沢山の方々が直接またはメールを通して応援して下さったからです。
何人かの人はこの内容(ホームページ)を読んで、「多少だったら投資しましょうか」とか、「知り合いのベンチャーキャピタリストに紹介してあげましょうか」とありがたいご提案を頂いたりしました。
しかし他人様のお金を預かる事になると、逆に責任と不自由さが避けられないので、できたら自分のお金(&借金)でやるべきなのです。でも、もし融資がうまく行かなかったらよろしくお願いします。って感じです。

他の人達にいちいち報告しながらやる事(この日記がそれです:当時はブログと言う概念は無かった)。
多分一人でやるぞと意気込んでも割にすぐ挫折してしまったに違いありません。色々な方々から応援、忠告など頂き、逆に引けなくなってしまったのもありますが、それは僕がそれを選んだと言う事なのです。
これで出来なかったら恰好悪い訳ですから。

その後 は破竹の勢いで融資に関する資料や相談、また会社設立後にしなければならない各種手続き、さらにあらためて物件を探しました。
今と言う時間を1秒でも無駄にしたくない、早く先に進みたいとの一心でした。
「そうか、名刺とかも作らないとな」 頭の中ではまたしても、肩書きである「代表取締役社長」がちらつき、それがなんだか少し詐欺のような感じがしました。
しかしながら、まだ店の住所も決まってませんし、 ホームページのドメインも決まっていません。

PHSも携帯に代えるつもりだったのでそれらがそろってから作ることにしました。

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いろいろ途中経過はありましたが、会社の設立は無事済み、母親も、「これで、何か悪い事しても[ 37歳無職 ]ってテレビで言われなくて済むね」と喜んでいました。

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