G-FLEX Story その9・・・準備

いよいよ銀行に融資の相談に行くとき、舐められないように久々に背広を着ました。
僕は背広は堅苦しくて嫌いなのですが、このときばかりは1年半ぶりくらいで、意外に背筋がしゃんとしました。生まれ変わった様に、歩き方も変にキチキチとしてしまい、一寸の隙もなく、直立歩行のロボットのようで左右にぶれたりしませんしキョロキョロもしません。まるで自分が有能な人間であるかのように視線も鋭どげです。曲がるときもほぼ直角。
実際問題、普段の格好と背広では周囲の応対も違いました。特に不動産屋とか。
これは仕方のないことなのでしょうか。確かに僕も同じ人がジャージ姿と 背広では明らかに違う印象を受けます。そう言えば道端でティッシュを配ってるのでも、長髪のラフなカッコのお兄ちゃんより背広姿の人の差し出すティッシュ を受け取ってしまいます。

さらに 僕はバイトを探しました。定収入の確保のためです。友達には社長がバイトかよ、と言われましたが、最初のうちは、自分の給料はないと思ったほうがいいと言 うのが定説で、当面の生活費はとっておくべきなのです。しかし僕にはその余裕がないので、その分働くことにしました。・・・と言うか母親が毎日無料のアル バイト情報誌を持って帰ってきて、僕に渡すのでそういった発想になりました。

まず目を引いたのはバーテンダーでした。やはり夜中は給料が良いので、英会話サロンが終わってから夜11時から朝までできる仕事にしようと思ったか らです。また僕は大学生のころ5年
間(一年休学含む)ずっとバーテンダーをアルバイトでやっていたのです。朝昼逆転の生活にはちょっと抵抗はありましたが、どうせ やるなら面白そうな事と思ったのからです。
問い合わせた結果、フルタイム(夕方から翌朝まで)で働ける人を探しているとの事でだめでした。
「うーん、そうだなぁ。飲食関係は結構ハマるから止めといたほうがいいかも」 と考え、他のものを探しました。絶対かわいいウエイトレスの子とか居たりして心乱れたり、人がいないから頼むって無理やり駆り出されたりします(経験上)。

それらの募集記事で目に止まったのは「ポスティング」でした。
「これだぁ!これなら一石二鳥だ」 僕の頭に一つの名案が浮かびました。
そのポスティングの仕事とは、横浜近辺の各会社や家庭のポストにチラシを入れる仕事です。1日1000枚ほど配ります。 つまり、僕は「自分の店のチラシも一緒に配ればいい」と思ったのです。どうせ配るなら1枚も2枚も大した差はありません。バイトをしながら自分の店の宣伝が出来ちゃうわけです。正に一石二鳥のバイトです。
さっそく履歴書を持って面接に行くと、2,3の質問のあと、 「じゃあ明日から時間のあるときに来て。好きな時来て、好きなだけ配っていいから」 と即採用でした。

*

以前狙っていた、東口歩いて1分の道路に面した2階の物件はすでにどこかが入っているようで、内装工事が始まっていました。しかし、今度はそのビルの5階が空くという情報を掴んでいたのです。
5階となると、下から様子が見えないので入りにくいのではとの危倶もありましたが、僕はしたから見上げていて、ある事に気づきました(その頃僕はその物件の近くに来るたび、立ち寄り、ビルを見上げていたのでした)。
「もしかして、あの窓からMM21の夜景が見えるんじゃないの?」
しかし、目の前に高速道路が走っていて、その風景は微妙でした。もしかすると高速道路で隠れているかもしれません。ちょっと離れたところまで行って みて高速とそのビルの5階とどちらが高いか見てみました。ちょっと5階の方が高い気がします。
「うーん」
確かめたい。

MM21の夜景があの広い窓から見渡せたら、それは大きくプラスです。とりあえずビルの5階まで上がってみる事にしました。
人の気配があまりないそのビルで、ちょうど僕がエレベーターに乗るとき、一人の女性が一緒になりました。 「何階ですか?」 「あ、5階でいいです。」
その女性はどうやら僕が狙っている物件に今入っているブライダル会社の人のようでした。エレベーターを降りて、僕が一緒に下りるのがとても不自然(そのフロアには店がそこ しかない)なので、思わずその女性に聞きました。
「あのこちらのお店の方ですよね?」
「ええ、はい。」
「5月いっぱいでここを出られると聞いているんですが」
少し不信そうな顔をした彼女は、
「あ、いえ、ちょっとお待ちください」
そういって彼女は店の中に入って行きました。

代わりに出てきたのは、ちょっと小太りの化粧の濃いおばさんでした。

「あ、すみません。こちら、5月いっぱいで出られるのですよね?」

「ええ、そうですけど、お宅どなた?」 かなり怪しまれている眼差しです。

「あ、いえ、出来たら次にここへ入りたいと思っている者ですが・・・」

「ちょっとこっち来て」そう言って化粧の濃いおばさんは給湯室へ手招きしました。

「あのね、うちは客商売やってるんだからそう言うこと店の前で言ってもらったら困るのよ!」怒鳴るのを堪えている感じの声と表情。

(げっ!すげー怒ってる。)

「あ、すみません。ちょっと窓からどんな風景が見えるか確認したくて5階に来てみただけなんです。」 さらにフォロウする積もりで、こんなことも言ってみた 「いえ、あともし宜しかったら、内装がとってもきれいなので、そのまま私の方で引き継げば、御社でも現状復帰費用などかからなくて済むんじゃないかと思いまして・・・」

するとすかさず、

「どこの不動産やよ」

「へ?」

「どこの不動産屋から聞いてきたの!」

「あ、いや、それはちょっと・・・」

「風景だったらそこの窓から見てください。あと、何も言わないでいきなり来るなんて金輪際辞めてくださいね!」

「あ、はい、申し訳ありませんでした。」 深々と頭を下げながら、そう言い、しかしチラ見した窓からはきれいな夕焼け色のMM21の風景が見えていました。
エレベーターを待つのも気まずかったので、そそくさと階段で逃げる様に下に下りて行きました。

*

「よし、あれに決めよう」

僕の意思はほぼ固まりました。
以前他の階の同じタイプの部屋も見ているので、雰囲気はわかります。ただ、どうしても気になるのが「入りやすさ」でした。まず人通りが少ない地域である事 と、ビル自体が引っ込んでいること。また夜はビルの前まで来ても、ビルの1階ロビーが暗く最初は入りにくいだろう事など、かなりダメでした。
僕はそれらを解決するよう、4つの条件付で申し込みをしました。

① ビルの前に電飾看板を置かせて欲しい。
② ビルの1階の照明を明るいものに変えて欲しい(これの費用はこちら持ちで)。
③ ドアを開けた状態にしておきたい。
④ 1階に道路から確認できる案内板を置きたい。

これだけあれば、遠くからは電飾看板で場所を認識できて、ビルの前まで来れば案内板を確認できるわけです。これらを検討してもらう条件で申込書を書きました。あと、融資の関係があったので、解約に関する特記事項を設けてもらいました。(融資申込み前に物件を契約しておくことが望ましいのだが、融資が受けられなかった場合、解約せざるを得ない為)。とにかくへんな妥協はなく、出来るだけ要求はぶつけて行くことにしました。

程なくして返答が帰ってきました。
①は無理。②はOK。③はセキュリティ上無理。④も他のテナントの手前無理。
ただし、①については、他の店舗から も同様の要求があるので、オーナーさんの方で全店舗を案内する電飾看板を設置します、との妥協案を頂ました。これは上等です。僕としては遠くから場所が認 識できればいいのですから。 これで何とか開業計画がまとまりそうでした。
さらに僕の中では、暇な昼の時間帯を利用して子供英会話を行う(半託児所的)案が急浮上してきていました。きっとお母さんたちは、3から5歳くらいの子供 を何処かに預けて、買い物や何かを楽しみたいに違いありません。その間子供は英会話の勉強をしているとすれば、一石二鳥です。(僕は一石二鳥が大好きです)。

しかし、この案については、皆さんに「良いと思うけど、子供は気をつけないと大変なことになるよ」と言われました。妹に至っては(2歳の子がいる)、絶対無理、と 言い張ります。子供は何をするか分からないし、知らない子を1日面倒見るのは不可能と。知り合いの技術の人は、携帯で子供の様子を確認できるようにしたら いい。俺がシステム作ってやるよ、と言ってくれています。ただ、実際問題は非認可の保育所みたいになるので、あまり現実的では無いようでした。

他にもここぞとばかりにいろいろなアイデアが浮かびました。思いつく度に書きとめ、まあ、とにかく夢はどんどん膨らみました。

ここに来て 、今までの僕と大きく違ったこと。それはあるきっかけで酒を止めたことです。

そのきっかけについてはここでは詳しく書きませんが、酒絡みである失敗をして、それを反省することをきっかけに酒をピタリと飲まなくなったのです。まだ15日目なので、禁酒中という程度ですが、ここ10年以上入院とか以外で酒を1週間飲まなかった事はありません。
通常ほぼ毎日2L以上、多い時は(オールナイトのハシゴなど)5Lものビールを飲みました。とにかくビールビールビール。ビールイズマイライフ。平均時間にしたら、一日のうち3時間ほどは飲んでいる感じでした。就職の面接で、
「あなたは他人より何が優れていますか?」と尋ねられたら、
「ビールが他人より沢山飲めます」と答えたかも知れません。
酒豪と呼ばれるに相応しい、と自分で密かに誇っていた位です。

その僕が酒を飲まない。これには両親とも気味悪がっていた様です。「ビール飲まないね」とも言いません。触らぬ神に祟りなしって感じで、お酒のことを口にすまい、言ったら俺がまた飲み始めるのでは。と思っているのでしょうか。僕も殊更何日飲んでないとか言いませんでした。
それにより、時間とお金が大きく浮きました。また確かに体調も良いです。さらにポスティングのバイトで、一日4時間ほど歩くので、運動もバッチリ。 本当にあの失敗は僕にとってプラスとなった様です。このままの調子で行ったとしたら、これは僕の人生における革命的出来事です。それまでの人生で酒を止めるなんてとても僕には無理な事でしたから(まあ、実は完全に止めるつもりはないですが、もし飲むとしても自制心を持って飲むつもりです)。
そんな僕の姿勢は親には本気になったと映ったらしく、自分の店を持つための行動に対して反対を唱える事がなくなりました。
「いきなり 横浜駅近くに構えるのは無謀では?」
「やはりお金を貯めてからにしたほうが・・・」
など、僕を心配してくれて「もう少し考えた方がいいのでは」と言う意見のメー ルを何通か頂いたり、創業している友達(彼の会社は年商一億)の話でもそんな甘くないぞ、それより今は韓国語だ、とか、やはり見ていて危なっかしいだろう 僕の創業に関して、忠告をしてくれる人は沢山いました。今考えればありがたい事です。

「とにかく慎重に行こう」

いろいろな経験、他人の話を聞くうち、僕自身の考え方も変化していた様です。
たとえ巧くいかなかったとしても、後で後悔するような形で事を進めたくはなかったので、何度か自分に言い聞かせました。東口の物件の申し込みに行くとき も、他の物件が少し頭をかすめ、「やっぱあっちの方が良かったかな」などと思ったのですが、もうそこへは引き返すことは出来ません。

そんな折、不動産屋からの電話がなりました。

*

「あの、矢田さん。実は先ほど連絡が入ったのですが、オーナーさんの方で電飾看板を作りますっていう話なんですが、あれ、無しになりました」
「ええ?何でですか突然?」
「どうやらビルの前の土地はオーナーさんのものではないらしいんですよ。河川の関係で、国土交通省の土地らしいんです」
「あらら、それじゃ仕方ないのか・・・」しかしそれではあの暗い道に目印が無いので、かなり来にくくなると思われます。
「では、1階ホールに案内板を出すのは?」
「いえ、それもダメです。どうやら看板の類は一切出せないと言ってきているんですよ。なんかオーナーさん直に別の引き合いが来ているらしくて、そちらは看板とか要らないと言ってるらしいんです」
「でも看板とか案内がなきゃ、どこか分からないですよねぇ」少し怒りが込み上げて来ました。
「ええ、そうなんですが・・・」と不動産屋の困った表情が見える様。
話しながら僕はその時、少し考え直すいい機会だと思いました。
本当にこのまま行ってしまって良いのか、ちょっとだけ引っかかっていたのです。本当にあの物件がベストなのかどうか。増して看板などを一切出せない条件だとすぐには判断できませんでした。
「そうですか。ちょっと考えさせてください」 そう言って電話を切り、今一度あの物件が最適かどうか検証してみようと思いました。
高くて良い場所は当たり前ですが、逆に駅から遠いが安くて環境の良い場所などもあるかも知れません。駅前でもまずいラーメン屋ではまず食べないし、おいしいと評判のラーメン店なら、少しぐらい駅から歩いても行く訳です。

*

その日の晩 インターネットで横浜近辺の物件を三度洗い直し、候補をピックアップしました。 次の日は土曜日で、不動産屋も休みのところとかがあったのですが、幾つかの連絡が取れ、条件や建物を見たりしました。
以前と差ほど変わりなく、また以前いいかなと思っていた物件はもう決まってしまっていました。また土曜、日曜は物件を管理する会社が休みらしく、鍵がないので中を見ることは出来ませんでし た。
まず広さが丁度良い物件がなかなかありませんでした。15坪ほどのものが良かったのですが、8坪くらいか、それ以上になると30坪以上だったり。
西口に これは良いかも、と思ってチェックしていた物件の建物を見に行くと、そのビルの前はピンク映画館、となりはソープランドでした。環境悪すぎです。
土曜、日曜と横浜近辺を調査しました。結局良い場所は高く、しかも駅から3分圏内は西口では皆無と言ってよい状態で、まったくこれと言う物件は見つ かりませんでした。
そして最後は必ず東口のあの物件のところにやって来るのです。もう多分20回以上は足を運んだでしょう。始めのころはちょっと寂しくて来辛いかなと思っていましたが、慣れたら近いし静かなのが逆に良い気がしました。
また5階を見上げました。
「あそこの窓に英会話の文字があれば、場所は認識で きるよな」
思ったより5階は近かったのです。案内板がなくとも、ここまで来れば分かるはずです。
そしてこの前怒られたばかりなのに、また5階に上ってしまいました。ブライダルの会社は日曜なので休みです。廊下の窓を開け、道路側を見ると相変わらずMM21の風景が、少し夕焼け色に染まって見えました。
「やっぱり、ここだ。ここに決めよう」
そう思いました。

*

「ええ、はい、分かりました。では、基本的にオーナーさんの条件で良いと言うことで。それではリオさん(さらに仲介業者)にオーナーさんに伝えるよう連絡してみます」
西口不動産担当の人はそう言って電話を切りました。
それから5分ほどでPHSが鳴りました。

「あの、矢田さん。どうも別の方の申し込みが入って、そっちに決まったそうなんです」

「へ?決まった?」

「いや、まだ正式に契約はしていないそうなんですが、ほぼ決まりだと」

「な、何ですか、それ?だって、僕が先に申し込み出して話し合っている最中じゃないですか」

「いえ、そうなんですが」

そんな事は困る、僕はそこで声を荒げました。
「そんなのおかしいでしょ!先に話している途中で他のが入ってそっちに決まるとか!もう一度オーナーさんの条件でいいから話を進めてくれって言って下さいよ!」
まさかと思っていた事が起きました。

「あ、はいもう一度連絡してみます」

その後しばらくして不動産屋からまた連絡がありました。
「やはり、もう決まったも同然で・・・」

「だって、そんなのおかしいでしょ。僕のが先に申し込み出してて、内容もOKもらってるのに」

「そうなんですが、矢田さんの方では看板などの条件があったじゃないですか。あちらは無条件だそうで・・・」

「だから検討させてくれって言ったでしょ!」

「いえ、ですからあちらさんの条件の方がオーナーさんは良かったと言う事だと思うんですが・・・」

「だったら、何のための申し込みなんですか!そんなんだったら、申込書なんていらないじゃないか!だいたい最初から申込み者何人か集めて、その中から決めるって話だったら分かりますよ。でもそうじゃなかったでしょう!」

僕はかなり声を荒げていました。と言うか怒鳴り散らしていた。考えに考えた末の結論なのです。

「だいたいそんなの同義的に変だよ。中古車買おうとして商談してて、エアコンをつけるかどうか検討してる間に、途中で来た別の客に売っちゃいましたって言うのと同じでしょ?変じゃない?」
とにかく諦めきれませんでした。と言うか俗に言う、キレてたのかも知れません。

「ああ、いえ済みません。そうなんですが、いろいろ行き違いがあったみたいで。途中で私どもリオさんの担当が入っていたりして」

「ああ、そうでしょう。お宅とリオさんの担当者が入って、僕の言うことがオーナーさんに伝わるころにはニュアンスが変わってるかも知れませんよね。でもね、貸し手と借主の行き違いをうまく調整するのが不動産屋の仕事じゃないのかよ?えっ?!」

思いの全てを言葉と共にぶちまけた、その後しばらく受話器は無言でした。
今考えるとおそらく向こうは(あんたがモタモタしてるのがいけないんじゃないか!)と心の中で叫んでいたのではと思います。営業マンの辛いところなのでしょう。
しかし 、それにしても慎重に考えて、考えている間に、こんな結果になりました。人生うまく行かないものです。その後、もう無駄なのは分かっていましたが、どうにも腹の虫が収まらず、いろいろ毒突いてしまいました。
オーナーにすれば、新規創業の会社で契約も特別条項つきの借り手より、ちゃんとした会社のゴタゴタ言わない借り手のほう(後で知ったのですが、会計士事務所みたいでした)が良いでしょう。
とにかく、これで全ての計画(想像)が元の黙阿弥になりました。現状、他に候補物件はありませんでした。その時の僕のガッカリ具合はご想像にお任せします。

その10 起業の脇でへ