その3・・・ヒントをくれた人たち

その頃遅まきながら、毎週末の商工会議所かなんかが主催している起業セミナーに通っていました。数か月(半年?)くらいのセミナーでした。
そのセミナーも終わりを迎える頃、僕の起業内容を題材として、他の方々の意見を聞くと言う授業となりました。
参加されたほかの方々は、まだそれほど具体的な事業プランがある訳ではない、または既に始めている人のようでした。本来自分の思い込みだけでなく、他の方の意見を聞こうと言う趣旨の授業だったと思います。
しかし、僕の事業プランは完璧です。大概の質問には答えを準備していましたし、ほとんどの方々はケチをつける事はなく、ただ単に内容に関する質問ばかりでした。
その中で1人だけ僕とは違った意見を述べてくれる方がいました。

*

その人はHさんと言います。Hさんは、僕以外に唯一間近に起業を計画されている方で、もう定年近い年齢らしいです。非常に落ち着いた物言いで、技術者らしい喋り方と伏せた視線。その方の事業は僕とは全く違っていて、ご自分の特許出願しているアイデアを事業化すると言った形です。歯ブラシのアイデアに基づく製造業らしいです。とにかくとても頭の良い人に見えました。

「どうも、矢田さんのお考えになっている資金計画に無理を感じます」

Hさんは僕の融資を受けて行う事業に関しての意見を言われました。創業に融資を受けるのは、普通の事です。「そこまでしなくても、何処かの喫茶店の場所を使って、そこへお客さんを連れてきてあげると言う形で営業されたらどうですか?そうすれば場所代などが掛かりません」
と言われました。

確かにそんな場所があれば、使わせてもらいたいですが、僕のコンセプトは「気軽に安く英会話の実践」と言う事なので、駅から近い便利な場所になければなりません。そんな所で場所を独占的に使わせてもらう事ができるだろうか。発表の場から席に戻ってからもHさんとの話は続きました。
多分Hさんの思ってるのは町外れの古びた喫茶店のような所ではと思いました。駅近辺である場所を占有するには、かなりのお金を払う必要があるだろう事が想像されました。
さらにお客さんを連れて来るって事はコーヒーの一杯でも注文しなければならないので、その分単価が上がってしまいます。1時間1000円が相場の英会話喫茶で、400円コーヒー代だと、600円で営業しなければなりません。これは外国人テーブルホストの給料を考えると無理です。
さらにしかもそこで、レッスンやパーティーなど自由に出来るとは思えません。あまりに僕のやりたい事から離れてしまうし、横浜駅近くで、そんな都合の良い喫茶店があるとは思えませんでした。様々なマイナス要因が頭に浮かび、僕の常識は即座にそのアイディアを却下しました。 その時間Hさんと問答をしている内、その日の授業時間が終了しました。

「場所を変えてお話しませんか?」Hさんは帰り僕を喫茶店に誘って、言わんとしている事を伝えてくれました。

*

時間にしたら4時間ほどだったでしょうか。たった一杯のコーヒーで、長い討論となりました。
その中ではHさんの起業に対する僕の意見もかなりぶつけたと思います。歯ブラシに特許的なアイデアを持っているHさんは歯医者さんに売り込む事で個人創業を成功させる目論見があるようです。
全国に6万の歯医者さんがあるそうです。そこに2本づつのサンプルを送って、テレビCMをかける事により爆発的な広がりを見せると言うのがHさんの計画でした。

「でも12万本の歯ブラシには幾ら掛かりますか?さらに配送する費用、人件費などざ っと考えても1本100円として、1200万円かかりますよね?そのお金はどうするのですか?」

とまあ、僕は営業マンの経験が長かったせいか、コストの計算をすぐ考えるのでした。Hさんはその辺がすこしあいまいで、結構いい話し合いになっていたと思います。

とにかくHさんの言わんとした事は一つは「リスクに完全に備えられるか」と言う事。
失敗して、それであとは借金背負って生きていく人生ではいけないと。失敗しても次に挑戦できる形で挑戦しなさいと。そして、もう一つは、既成概念に捕らわれないでものを考え、アイデアで勝負する事、です。

「例えば、矢田さんのお店に来ると、お金が儲かるとしたら、お客さんは沢山くるのではないですか?」

Hさんは言います。 僕は即座に、

「いや、そりゃそうですが、そんなの無理ですよ。僕の店では英会話を勉強して、お客さんからお金を払ってもらう店ですから」

「それは矢田さんがそう考えているだけですよね」

僕は常識で答え、Hさんはそれを既成概念と考えていて、それに捕らわれていたら、新しいアイデアは生まれない、と言いたいのでした。
Hさんの言わんとしている事は分かりました。しかし、考えても無駄な事に時間を費やしたくもないですし、もう僕のやりたい内容はかなり詳細にわたって決まっています。あまり聞く耳を持てませんでした。

「では、(それを)例えば、どうやったらいいんですか?」

僕はちょっと意地悪く聞くと、Hさんはちょっと考えてから、

「例えば、矢田さんのお店に行くと何かの仕事が待っている。僕の歯ブラシを作る事でもいいです。それをやる事で、英会話の授業がタダで受けられるような仕組みを作る訳です」

もちろん僕が細かい突っ込みをして、それが成り立つ訳はないのでしたが、Hさんはそのような発想をいろいろして見る事が重要だと言いたいわけです。
いろいろな話で、僕が何かについて「そんな事は常識的に考えて無理です」と言う度に、Hさんは、
「矢田さんみたいな人が多ければ多いほど、私の仕事は上手く行くのです」と言いました。

正直その時は、-(だったら自分でやって下さいよ。やってもらわない事には納得できないな。理系の人間は(実は僕もそうですが)自己満が多いからなぁ)-とか思っていました。
議論の折り合いが付かないまま、物別れ的に話は進みました。

「いや、矢田さんの創業が心配なのです」

そう言って、セミナーの最後の日に再びHさんは僕を喫茶店に誘いました。 またとても長い時間お話をして、基本的には変わらない話をしたと思います。
しかし、僕にはそれなりに面白かったので3時間も、4時間も話を出来たのでしょう。僕は後から少しずつ、Hさんの言われる事を理解して行くのでした。
それから1ヶ月たったいまだに、たまにメールを交換しています。
Hさんは来年に創業されるらしいです。

3多くの独立する人達 は、それまでやってきた仕事や人脈を生かして独立するわけです。でも僕の様に全く違う道に行きたい人はどうすれば良いのでしょうか。

人はみんな正しい道を歩んでいるわけではないです。今までとは違う道に行こうとした時、どうしたらいいのでしょうか。やはり一から始めなければ上手く行かないのでしょうか。
何度か、アパレル業界からラーメン屋に転職して成功している話をテレビで見ました。全く違う世界への転職です。しかし、わずか1年とかでちゃんと営業し、沢山のお客さんを掴んでいます。恐らく、それはセンスの問題だと思いますし、またアパレル業界に居て尚、ラーメンに対する執着と言うか、こだわりを持って来た人びとだと思います。それはそれで下積みがある事になるのか。。。話がまとまりませんでした。

とにかく、僕に必要なのは「プロフェッショナルな中身」なのです。今は全くただの素人。英語も大して上手くない。何故そんな人が英会話合宿を企画するの?と聞かれた事があります。確かに。
それまで10回以上英会話合宿をやってきましたが、基本的には講師任せで、メソッドはある程度あるつもりでしたが、それを上手く生かすだけの教育が徹底していなかった事もあり、もっとスペシャルなメソッドを採用するべきだと思いました。他にはない、根本の部分がしっかり作り上げる必要があると思いました。今後の課題です。

*  
その日 僕は他の可能性を求めて、横浜駅周辺で新たな物件探しをしました。
何件かの物件がありますよとの電話越しの女性の声につられて、雨降りしきる中、横浜駅近辺のある不動産屋を訪れました。僕の中では東口付近の物件に決めていましたが、やはり他も吟味しなければと思い、その他の参考物件探しでした。
雨の中、訪れた小さな不動産屋から「ご案内致します」と女の子が傘をさして店の外へ出て行きました。僕はその時、物件を見せてくれるのだろうと思っていました。
そこからすぐ近くの20階以上あるだろう大きなビルの1階の入り口で、「よろしくお願いします」と次の女性にバトンタッチ。
「うわ、こんな立派なビルの物件か?」僕はビルを見上げました。
でも駅からはちょっと遠いです。
「こちらでお待ち下さい」 応接ソファに座らされ、待っているとちょっと頭髪が薄くなった感じの、でもかっぷくのいいオジさんが登場しました。
「どうも」 そう言って名刺を差し出されました。「○○プランニング代表取締役社長 ○○○則」とあります。
結構大きなビルと建て構えの事務所でしたが僕は、
「ああ、こんな大きな会社でも不況で社長さんがヒマなのかなあ」と思いました。
その後その社長は何件かの物件の資料を僕に見せましたが、あまり僕の意に添ったものは無く、一件、見てみようかなと言う物件があり、それを社長自らの運転(たぶん自分の車)に同乗し、見に行く事になりました。

その物件は、確かに横浜駅から4,5分、でも寂しい通り。でもって古ーい感じ丸出しで、しかも2階に他の英会話教室が入っていました。
「これ、無理ですよ。英会話教室入ってるし。。。」 「あらあら、そうだな」 と社長も納得し、取りあえず事務所に戻る事になりました。

*

よほど暇だったのか、事務所の応接室に戻ってから長い世間話になりました。僕にとってはとても参考になり、今考えるとお礼を言いたいくらいです。
その社長の会社は創業17年。一代で大きくして、なんと来年は上場しようと言う結構大きな会社の社長でした。事務所に帰ってから延々2時間くらい話をしました。
社長は大学時代ESSに居て、英語は達者な様です。賃貸のみならず、海外の輸入住宅も手がけていて、かなり仕事で海外に行かれている様でした。恐らく僕より英語は達者だったでしょう。
その社長の言われる事で、大変合っていると思えた事がありました。

「本物の創業者は、100%にだけ賭けるんだ」と。

最初僕はそれを聞いて「それはローリスクローリターンじゃないですか」と言いました。
100%に賭けるのなら誰でもできる。でもその結果得られるものはほんのわずかな物だと。冒険が必要ではないかと。
僕の考えは、危険なき事に得る物少なし、と言うものでした。虎穴に入らずして虎子を得ずですか。それを恐れては何も出来ない。ハイリスクハイリターン。これが人生における賭けだと言うある種の僕の「美学」だったのです。失敗を恐れていたら何も出来ないと。

しかし社長は言います。
今までどれだけそう言って失敗している人間を見てきたか。職業柄、客には事業主が多く、その人達の行く末も見てきているのです。僕のような考えの人間のほとんどが失敗し、悲惨な行く末をたどっているのを見てきているのです。
さらに社長は言います。自分が本当に100%成功できる事に賭けて、少しずつ成功して、それを積み重ねて行く事が出来る人間が真の事業者だ、と。
そう聞いたとき、僕はそれは正論だと思いました。その社長の言う100%とは、言葉のニュアンスから言えば、自分が100%確信している事に賭けると言う事だと思います。

その社長 は今の事業を始めたとき、わずか7坪の店舗で始めたらしいです。その時既に家族が居て、それを養って行くに十分な蓄えがあった状態だったらしいです。
僕は蓄え何てほとんどないです。それでも駅からすぐ近くの15,6坪の店舗を構えようと思っています。家賃で言えば多分3倍以上でしょう。そう言った始め方に社長は疑問を持って接してくれました。よく言われるのは「小さく始めて大きく育てる」と言う創業手法です。それは自己資本が少ないなりに出来ることから始めて、それを大きく育てるまでのビジョンを持つ事でしょう。これは、Hさんとの話も含め、後に大きく影響を持って響いて行きます。

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